実家にて。こちらも雨続きです。
ピアノで指を遊ばせていたらトルコ行進曲を弾いていたことを思い出しました。
試しに弾いてみたところしょっぱなの16分音符すら指が回りません。なんとかインテンポで弾こうと思ったのですがむかし取った杵柄は10年以上も前のこと。半分のテンポで弾き始めても主旋律以外はほとんど忘れています。楽譜を取り出しても音符を追うのが精一杯ですらすらとは弾けません。
それでも悔しいのでつっかえつっかえ最後まで演奏。
当たり前のことですが。 歳を取ると何かの能力を維持するにも鍛錬が必要です。ましてや習得にはさらなる時間と労力を要します。
ぼやぼやしてたらきっと、老いなんてすぐやって来ます。
ぼけっとしがちな自分はどれだけ抗っているでしょう。受け入れることも大切だけれど、諦めたときがひとつの始まりにないります。
東京の部屋にもエレピが欲しいところです。そしたら毎日弾くのにな。
でもあいにくまだまだ買えません。残念ながら。
雨がやんだ隙に、ヒグラシが鳴き始めました。
時間堂の黒澤世莉さんを迎え入れて
リュカ.としては初の公開ワークショップ&オーディション。
参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
そして5時間×2日間のカリキュラム、おつかれさまです。
期間中、黒澤氏が何度もお伝えしましたが
皆さんにとってひとつでも自分への気付きや発見があれば
主催側として幸いに思います。
蛇足ながら作り手としても充分刺激を得ることが出来たこと、
報告とともに重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。
皆さんに読んでいただいた草稿脚本にもこれから手を加え、
より完成度の高いものに仕上げていく予定です。
今後とも私どもリュカ.をなにとぞよろしくお願いいたします。
いつもながら更新滞りがちで申し訳ありません。
さて、すでにメールでお誘いが届いたかもしれませんが
来週末(6月24日、25日)に11月公演のオーディションを兼ねたワークショップを開催します。
講師は11月公演「vocalise」の演出を執る、時間堂・黒澤世莉氏です。
会期も迫って参りました。振るってのご応募お待ちしております。
昨夜、集まりがあるとのことで両親が横浜まで出て来た。帰りの新幹線祈る前に、久々に三人で昼食をという話になる。本当なら朝から皇居内の三の丸美術館で伊藤若沖を観るのに同行する予定だったが、私の風邪のためキャンセル。
お昼過ぎに東京駅で待ち合わせることに。リストランテヒロのサテライト店があったのでそこで食事。
父と私はビールを飲みながらチーズとパテの乗ったカナッペをつまむ。母はワタリガニのスパゲティをオーダー。
父は二杯めにグラスの白を頼む。続けて前菜にタコとジャガイモとセロリのマリネ。取り皿を頼み母にも分ける。
店員さんと父から二杯めを勧められるが少し迷う。体調が悪いのでビールはもう飲みたくない。そして私はグラスワインが得意ではない。
封を切って時間が経ったハウスワインなど出されると、食べ物までまずくなる。贅沢かもしれないが、そういうものだ。
何があるか聞いて大したものがなければカクテルにしようと思ったが「重めの赤がいい」と言うとキャンティを新しく空けてくれることになった。コルクを抜いたばかりのグラスワインならばいい。現金かもしれないが、そういうものだと思う。それに併せて生しらすのオリーブオイル焼きを三人で。
前菜をたいらげて春野菜のスパゲティを注文する。父が三杯目を飲むというのでキャンティを勧める。私も同じものをもう一度。
スパゲティには(この季節に春野菜というのも微妙ではあるが)アスパラガスと菜の花、空豆がバジルソースで和えてあった。メインにしては淡泊だが、両親も私も重い食事は好まないのでちょうどいい。両親はもう七十を超えている。
つかのまの親子の会食を終えて、ふたりを新幹線の改札まで見送る。実はとても珍しい光景だということに気付く。 母は頻繁に東京に出てくるため、いっしょに駅の近くで食事をしたりお茶を飲んだりする。そして改札まで見送って私も帰宅する。だが父は、東京に出てくることはあってもなかなか私とタイミングが合わず会うことは少ない。
ましてや父と母の二人に東京で会うことなど初めてかもしれない。
改札に入る直前で父が「ちょっと」と言ってどこかへ行く。きっと内緒の誰かへのおみやげを買いに行ったのだろうと母が言う。少しすると、私と母から遠く離れたところでいっしょうけんめい土産物を小さなカバンに詰め込んでいる。
私と母が笑う。父は私たちに見えないよう離れた場所でそれを行っているのだが、そのしぐさは私たちから丸見えだった。強情で、私には威圧的な父だが、そういった間の抜けたところは嫌いではない。
出発3分前になり父が戻ってくる。ふたりともそそくさと改札に入っていく。私は以前、母を見送るたびにこれが母を見る最後かもしれないと思っていた。だがしばしばこちらへ出てくるためその気持ちは薄れていった。
しかし今日、おそらく初めて東京駅で両親を見送る機会となり。父と母ふたりをこの改札で見送るのは、これが最初で最後かもしれないと思った。
かかりつけのお医者さんが居ます。内科と皮膚科でいずれも小さな病院。 どちらも人当たりのよいお医者さんなのですが、最近内科の先生にちょっとした不信を抱いています。
たまにひどい目眩を起こすので今日、内科へ行ってきました。以前にも処方してもらったことがあるめまい止めの薬をもらいに。
ところが今日、めまいは常飲している薬の副作用だと聞かされました。なんてことでしょう。めまい止めをもらうのは三回目なのにそのことは初めて聞かされたのです。他にもどんどんと薬の量が増えていき、私が減らして欲しいと要望しても聞き入れられなかったり。
本当に好人物なのですが、さすがに他の病院へ移ることを考えています。
以前、引っ越す前にかかりつけだった皮膚科の先生は近所で"名医"と評判でした。待合室はいつも混雑して一時間以上待つこともざら。その先生はけっこうなお年寄りでしたがやはり人柄がよく、物腰の柔らかい親切な先生でした。私はその先生を信用していたので待ち時間が長くとも月に二、三度は病院を訪れていました。
引越しを機に別な病院へ移りました。若い先生です。引越しと言ってもひと駅なので、新しい先生はその年輩の先生のことをご存じでした。
そこで聞いたことはと言うと。アレルギー疾患の方はご存じかと思いますが、かゆみにもちいられるステロイド剤は特効薬ながらいろいろな副作用があります。そしてステロイドをどれだけ投与するか(あるいは用いないか)は病状を診るお医者さんの裁量で決まります。
以前かかっていた先生はかなりステロイドを使うほうだったそうです。そのためにか私の肌には一部、色素が沈着してしまった箇所があります。
前の先生を責めるつもりはありませんが、治療法は年々進化しています。年輩のお医者さんが古い療法を用い続けることはままあることでしょう。
新しい先生はステロイドを極力使わない治療法を進めてくれます。診察も丁寧で薬の説明もこと細かにしてくれます。さいわい色素の沈着も非ステロイド剤の投与で改善されるそうです。
いまはネットや書籍などでいい病院を探すことが出来ますが、ネットの場合はあくまで"くちこみ"で、書籍の場合には著者の主観が入ることは否めません。たくさんのサイトや本を見比べたうえで評価することも可能ですが、結構な根気が必要です。私はそれほど重病ではないので病院探しにそこまでする気力は持ち合わせていません。
さて、何を言いたいかというと。
医師免許の定期更新がちょっと話題になっていますがぜひ実現させて欲しいと思っています。お医者さんにとっては大変かと思いますが、こちらとしては駆け込んだ病院の先生がおおむかしの医学書を頼りにしていたらたまったものではありません。最新技術の習得まで行かずとも、せめて動向くらいは把握して欲しいものです。
そして投薬に関して。誰も好きこのんで薬を飲んでいるヒトは居ません。出来ることなら皆、薬などに頼らず健康でいたいと思っています。もちろん投薬は医療に欠かせないものですからある程度は仕方ありません。ですが投薬する(あるいは薬を増やす、種類を変える)のであればその理由を出来るだけ説明して欲しいと思うのは患者として当然のことです。
だってそんなやみくもに薬を増やされたら点数稼ぎかと思っちゃいますよ。 ねぇ。
まとめようと思いましたが目眩のせいか、どうもとりとめのない話になってしまいました。この時代に健康を維持するのはお金がかかると言うことでしょうか。違いますか。
でも不健康であるとお金がかかるのは確かです。こればかりは本当に。
横田さんの米議会公聴会のニュースに目頭が熱くなる。
この方は意志が強く、情に訴えかけるのではなくあくまでコトバで気持ちを伝えようとしている。
少しでも事態がよいほうに向いてくれればいいと思う。
禁断の箱のフタを開けたのは「人生いろいろ」のヒト。 島倉千代子じゃなくてね。 ホントもう、ここ2年は彼がアホな某国大統領そっくりに見えて仕方ない。
拉致家族がアメリカまで赴いたのは、言うまでもなくこのクニだけでは解決の見込みがないから。
パンドラの箱を開けてから、そりゃ5人は帰ってきた。 でもぶっちゃけそれだけだ。あとはなんにも変わってない。 もしかすると家族の悲しみを深めただけかもしれない。
こんなに長い在任期間の中で「人生いろいろ」のヒトは、結局何をしたんだろう。おまけにまだまだ課題は山積なのに「ボクもうすぐ辞めるもん、あとは知らんもんね」的な最近の態度に余計立腹。
とはいえ彼を選んだのは「私たち」。どんな批判があっても多数決で決まる民主主義。そして民主主義以前に、資本主義である私たちのクニ。
この先どうなるんでしょうか。どうなるんでしょうね。
友人とちょっとした恋愛談議。
ふられたあとの痛みと、ふったあとの後悔は似ているね。
と私が言う。そうかもしれないと友人は言う。
でも、といって言葉を続ける。
ふった側が悲しみを語るのは傲慢だよ。
そうかもしれない。きっとそうだ、と私も思う。
★
少し前、一年前に別れた彼女と会った。
ふられたとばかり思っていた相手に「あなたがふったのよ」と言われた。
そういえば私は悲しみを語らなかった。
ココロにあるのは一年経ってようやく顕れた喪失感。
★
その少し後。恋愛ではないが、私はある繋がりを断ち切った。
それは私自身の決意で、繋がりをもつ人達はそれを受け入れてくれた。
いろいろな思いがこだまするが、きっと私に悲しみを語る権利はない。
またもやネット、というかPCの功罪について。
一年ほど前から手持ちのCDをデスクトップに取り込んでjukeboxのように使っている。
とはいえ取り込んだのは三分の一程度。
PCのミニプラグからアンプに繋いでランダマイズ再生。
でも聞こえてくるのは慣れ親しんだ曲ばかり。
ここ数日、デッキへCDを入替えて音楽を楽しんでいる。
あれが聞きたいな、と思ってCDを探す。
整理されてないのでタイヘンだけれど見付けると嬉しい。
ジャケットからディスクを取り出しデッキにセット。
ランダム設定はせず一曲目から聴き通す。
作業をしながらの「ながら聴き」だけどそれでも十分。
最後の曲が終わって静寂が訪れる。
じゃぁ次はアレだ、とまたCDラックを漁る。
お目当てが見付からなくても、探している間に別なCDに出会う。
そしてまたデッキにかけて再生。
★
利便と相反するコトがあるとすれば、無駄な労力。
でも無駄な労力の中に、楽しみも介在する。
それはとてもとても簡単で、シンプルで明確なこと。
そして皆が最近忘れがちなことだと思う。
世の中にはいろんな好意がある。
親身なものから献身的なもの、独りよがりなものや押しつけがましいもの。
好意は、受け手が「好意」と受け止めて、始めて好意になる。
先ず受け手のことを考えることが好意の始まりだと思う。
これからマメにこちらに書き込みしていきますね。
その第一弾はちょっと堅い話です。
組織はその組織を構成している人員とは別個な人格を持つ、ということ。
端的な例はアメリカです。個々のアメリカ人は千差万別はあれ比較的寛容で大らかな人達です。犯罪を起こす貧困層も居ますが、それは一部でしかありません。
ある程度の知識と良識を持ち、是非の判断も明確に下せる人達です。アメリカ人は。
ですが「アメリカ」はどうでしょう。私の目に映るその国は正義と暴力、虚栄と偽善、公正と差別に満ちた「集合」です。内に大きなアンビバレンスを抱えながら、それを必死に覆い隠そうとしている。そんな国です。
繰り返しますがアメリカ人は(少なくとも私が知っている限り)良識的な人物がほとんどです。でもそれが「アメリカ」という集合、組織、国家となると。
国家を例に挙げたのは唐突でしたが、それは身近な集団にも言えることです。家庭、会社、地域、などなどその他の集団。
私たちはどれだけ「団体が持つ性格」を抜いて、それに属する人間を評価出来るでしょうか。
関西人だから、韓国人だから、帰国子女だから。
それは偏見と先入観でしかありません。
私は組織や団体に属するたびに、そのことを考えます。
剥き出しの鉄は空気に触れるとすぐに錆びる。
青みがかった鈍い光沢から、輝きのない赤茶へ変化する。
錆を防ぐために様々な工夫をする。
他の金属と混ぜる、周りを別な物質で覆う、など。
だがそれでも錆からは逃れられない。
ねじ穴から、傷が付いた部分から徐々に広がっていく。
錬磨された鋼材でも使わなければクスミが目立ってくる。
使用して手入れをしなければいずれ使い物にならなくなる。
使っていればある程度手入れをしなくてもよいが、寿命は短い。
手入れだけしていれば永く永く保つが、それでは意味がない。
何か、暗示的だと思う。
リュカ.第9回公演 「WHITE PHASE」はおかげさまで好評のうちに幕を閉じることが出来ました。
ご来場の皆さまへ、そして関係各位の皆さまへこの場を借りてこころよりの感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
これからも私たちリュカ.を何卒よろしくお願いいたします。
またもやご挨拶遅れてしまいました。
2日、木曜に幕を開け本日中日を迎えました。
残り日、月と3ステージ。
まだ若干お席が残っていますのでお早めにご予約ください。
皆さまのご来場、こころよりお待ちしております。
更新なまけてすみません。
WHITE PHASE、今日から小屋入りです。
万事快調とは行きませんが、なんとかやっています。
ご予約まだの方はお早めに。
土日の夜がまだお席空いています。
最近、こちらへの書き込みがめっきり減ってしまい申し訳ないです。
SNSのブログにばかり書き込むようになってしまった体たらく。
さて、WHITE PHASEの稽古が大詰めです。
今回リュカ.10周年として、公演への意気込みもかなりのものです。
お時間ある方は10年目のリュカ.の姿をご覧に、ぜひ劇場へ足をお運びください。
最近「ちゃんとしなきゃなぁ」と思います。いろいろなコトについて。
でもそれはきっと習慣のように、努めて変えなければいけないことなんだろうな、とも思います。
すっかりこちらへの書き込みが減ってしまいました。
最近なんだかblogやらSNSやら、RSSやらWeb2.0やらと私自身の認識がいろいろ変わっています。
ごめんなさい、というのもヘンな話ですがなるべくこちらに書き込むようにしますね。
そして近々サイトリニューアルの予定です。いずれはApacheいじって機能もコンテンツもたくさん増やしていきたいんですが、まずはblogを整理せねば。
けっこうこっちで書いてもいいコトをクローズドなblogにしちゃってるんですね。いや、最近はもっぱらクローズドか。
コンピュータは常に過渡期ですが、また過渡期ですね。老いて枯れないようにしないと。もとい置いてかれないようにしないと。
誰がシェフチェンコを止めるんだろ?
私はとても物憶えが悪く、すぐに忘れてしまう。ついさっき自分で話をしていたことや目の前の相手が教えてくれたことまで。 時折それで皆に迷惑をかけてしまう。本当に申し訳ないと思う。
でも一番深刻なのは自分が乗り越えたはずの出来事を忘れてしまうこと。
たくさん辛いことを越えてきたはずなのに、自分がそのときどうしたのか、時にはその出来事すら忘れてしまう。
過去にどうしたのかはきっと参考にならない。目の前の壁は過去のそれとは異なるものだから。 だからせめて、もっと大きな壁を乗り越えたんだから、と自分に言い聞かせる。乗り越えたんだからと。
頑張らなくちゃ。
久々にここに記します。blogを始めてからどうもこちらへ書く機会が少なくなってしまいました。当初は使い分けるつもりだったのですがblogの比重が高くなっています。
以前も記しましたが私にとってここへ記すことは「誰でもない誰か」へ宛ててのことです。登録しているblogが基本として「友人」へのみ公開されるのとはまったく異なります。
言うなればPrivateとPublic。ですが私はときおりここに私信に近い文章を記し、あるいは逆にblogへ誰ともなしに向けた文章を記します。
いま少しそのバランスが揺れていて、どちらに何を記すかが時分の中で明確ではありません。
ただひとつだけ言えることは。私がblogではなくこちらへ記すのはやはり「誰でもない誰か」へ宛てたメッセージだということ。
その基本に帰って、またこちらへの書き込みを増やしていきます。
実家はとても風通しが良く、夜の風はまだ少し先の秋の気配すら運んでくれます。
おやすみなさい。
- Aska BBS -