長い夢をよく見ます。睡眠時間自体が長いので浅い眠りが続くのでしょう。たいていは断片的で脈絡のないものですが、ときおり筋道の通った物語的な夢を見ることがあります。その多くは普通の夢のように目覚めれば忘れてしまうのですが、ごくまれに鮮明な記憶として残ることがあります。
『楽園』の公演を終えた次の日。打ち上げ明けでほぼ一睡もしないまま装置の搬出をしました。けっこうな量と日ごろの運動不足もあり、膝が笑ってしまうほどの大仕事でした。作業を終え昼ごろにようやく帰宅し、即ベッドへ。そしてまる一日以上の睡眠をとりました。
その間、長い長い夢を見ました。
南の島の漁民の家に生まれ、成長し、漁師となり、結婚して家庭を築き、子供をもうけ、そして漁師のまま年老いていく。そんな夢です。
私は陽に焼けた褐色の肌をもち、帆の付いた小舟に潮風を受け海を駆け巡っていました。漁場を探しては網を投げ、来る日も来る日も魚を捕っていました。じりじりと皮膚を焦がす灼熱の陽射し、真っ青な海から漂う爽やいだ潮の香り、裸の上半身に飛び散る海のしぶき、魚のかかった網を引き上げる重み、うろこを覆う表面のぬめり。あらゆる感覚がリアルで、本当に漁師として一生を過ごしたような、走馬灯的な夢でした。
「夢は記憶のデフラグ」ということをどこかで聞いたことがあります。あるいは自分で考えたことかもしれません。
デフラグとはPC用語で「ディスク内のデータの断片化(=フラグメンテーション)を整理、解消すること、あるいはそのためのユーティリティ」を指します。ディスク内(特にはハードディスク)のデータはシーケンシャルに、すなわち連続的に記録されているわけではなく、上書きや削除を繰り返すことによって分散して保存されます。そのままでも使用上差し支えはないのですが、データの分散や無駄な空きスペースが生じることでアクセスが遅くなり、処理速度が多少低下します。そのためにデータを連続的に並び替えるためのユーティリティが「デフラグ」です。
夢を見る働きのひとつに「記憶の整理」があるということ聞きました。無駄な記憶や必要な記憶を整理する働きがあると。そこで誰かが例えたか、あるいは自分で考え及んだのでしょう。夢は記憶のデ・フラグメンテーションである、ということ。
その過程でなぜ漁師の生涯を見たのかとても不思議です。海から遠く離れた町で育ち、親戚や知人に漁師がいるわけでもありません。南国を訪れたこともなく、海を見ることも年に一度あるかないかといった程度です。
夢の中で聴いた旋律を曲にした作曲家や、定理を導き出した数学者の話を聞いたことがあります。同じように夢の中で物語を作り、脚本を書くことが出来ればとも思いますが、あいにく私が見たその夢はごく平凡な漁師の一生で書くには及びません。そしてひらめきだけでなく熟考も必要とする物語作りや書き仕事に、それを期待することは土台無理でしょう。
また不思議な夢を見たらここに記します。あるいはもし夢の中で物語を作ることが出来たなら、ぜひ舞台でお披露目しましょう。それこそ夢のような話なのですが。
(03/07/22:初稿、03/12/12:加筆)