それはとても残酷で素晴らしく
    喜びと悲しみと、栄光と挫折に満ち溢れた時代―――。


 はじめ彼女はダンサーだった。
 綺麗な体つきはしていたがしなやかな躯や長い手足を持っていたわけではなく、技術にもそれほど長けてはいなかった。だが人々は彼女の踊りにこころ惹かれ、おおいに魅せられた。
 そして彼女は女優になった。美麗で端整な顔立ちはダンサーよりむしろ彼女に向いていた。情熱に溢れた彼女の演技はときに過剰ともとれたが、やはり人々は彼女に心を奪われた。娯楽の少ない時代、銀幕の世界で彼女は一躍ときの人となった。
 少しして彼女は自らカメラを手にし、フイルムを廻すようになった。
 その映像はダンサーとしての彼女よりも女優としての彼女よりも美しく華麗で、独創性に満ちていた。天性の力と画期的な撮影技術は映画界のみならず多方面から賞賛を浴びた。だが彼女は自らの映像に「美」を求めただけだった。ただひとえに美しさを。
 彼女の限りない探求は続いた。何千本、何キロメートルというフィルムロール。
 なによりも、美しさを求めて。

 だが一本の映画が彼女の人生を狂わせた。「組織」から依頼された映画だった。
 彼女はそこでも美を追求しただけだった。しかしその映画は大きな批判の的となった。膨大な罪を犯したその「組織」を美化したと人々は言い、彼女をその協力者として糾弾した。彼女は栄光の頂上から挫折の奈落へ突き落とされた。後の数十年に渡ってなお批難は続いた。あらゆる誹謗と中傷を受け、映画を撮ることも許されなかった。
 彼女自身も惑い、自らの行為に悩み、死ぬことすら考えた。そうやって長い間彼女は生きてきた。何年も、何十年も。

 死が訪れる数年前、ようやく一本の映画を撮ることが出来た。そこにはどれだけの時が経っても色褪せない輝きがあった。彼女が永い間、求め続けてきたものが。
 それからしばらくして彼女は死んだ。「苦しみから解き放たれ、眠るように死んでいったよ」と近しい人は言っていた。

 結果、彼女が幸せな人生を過ごしたかどうかは分らない。幸せだったときもあった。溢れるほどの賞賛と栄華の日々を過ごした。だがそれと同じくらい、後悔と苦悩の日々も過ごした。幸せのかけらもない不遇な時代を。
 ただ、ひとつだけ言えることは。
 彼女に罪はないのだ。彼女はただ、美しさを追い求めただけだったのだ。

 美しさを。なによりも、美しさを。

(03/06/02:初稿、「Leni」フライヤーコピーより)


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