「トキオ」 based on the script "Tricolore [bleu]"
私はいつも離れた場所に居た。いつ誰とどこにいても。私じゃないもう一人のワタシが私を見ていた。男のヒトと二人きりで居るとき。ホテルの部屋の隅から、ベッド上の天井から、締め切ったトイレの小さな窓からもう一人のワタシが見ている気がした。何人としたか憶えていない。別なヒトとすれば何かが変わると思って何度も試した。でも変わらなかった。
知り合いで過食症のコが居た。彼女は「食べるならおいしいモノがいいけど味なんてどうでもいいのね、ただお腹にモノを詰め込みたいって、もうそれだけなの」と言っていた。私と似ていると思った。彼女は食べ物だけど、私は男のヒトのカラダだった。彼女がいろんなモノを食べて詰め込んでお腹をぎゅうぎゅうにするように、私はいろんな男のヒトと寝ていろんなことをした。
遊び仲間でひとりだけみんなと違った男が居た。マサキ。父親は偉い役人だと聞いた気もするけどよく憶えていない。彼が他の男と違ったのはふたつ。他のみんなは誰かが居なくなるとその人の悪口を言ったり笑いものにした。けれどマサキはそれをしなかった。それともうひとつ。私を好きだと言ってくれた。彼とすれば何かが変わるだろうと思った。だからいろいろなことをした。したことが無いこともたくさん試した。でも私はマサキと一緒の間、何人も他の男と寝た。何も変わらなかったから。
病気のことはニュースで知っていた。私には関係ないと思った。でも一人が感染したときみんなが私を疑った。私が仲間内のほとんどの男と寝ているのを知っていたから。マサキが私を病院に連れて行って検査を受けた。陽性だと言われた。私もマサキも。それからしばらくして私は発病して入院した。それからずっとマサキは私のそばに居てくれる。居なくてもいいのにと思うこともたまにある。
少し前、男の人が私を訪ねてきた。いつどこで会ったかよく憶えていない。でも彼が胸ポケットに差していた高そうな万年筆のことは憶えていた。吉岡という、いつも私達の溜まり場に来てはいかにも金持ちそうな素振りをして、女のコを誘うとてもイヤな奴が居た。そいつに連れられて来た彼は、音楽が鳴り響いて酒と煙草の匂いでいっぱいの場所に所在なさげにぽつりと立っていた。私はクスリと酒の勢いで、からかい半分で彼に話しかけた。そのあと何があったかよく憶えていない。たぶん私が誘った。でも彼が私のカラダを息が詰まるくらい抱きしめてくれたことは憶えている。彼の万年筆が私の胸にあたって、痛いくらいだった。
その彼が病室に来た。何かが変わる気がした。でもなにも変わらなかった。名前も最後まで分らなかった。万年筆を病室に置いていった。返すことは出来ないし取りに来ることもないだろう。返せたとしても、そのとき私はきっと死んでいる。
ベッド横の引き出しにその万年筆をしまった。あれから何度かそれを手に取る。そのたびに私は、どうしてか分らないけど悲しい気持ちになる。好きだと言ってくれた。嬉しかった。なのに思い出すと悲しくなる。
マサキが椅子で眠っている。マサキも昔は好きだと言ってくれた。何回も何十回も。あの人よりもたくさん。でも私が入院してからは一度も聞いたことがない。
たまにあの人のことを考える。いま何をしてるんだろう。
私はきっとここで死ぬ。あの人は、どうなんだろう。
腕組みをして眠っていたマサキが起きた。私は彼に気付かれないように、あの人の万年筆を引き出しにしまった――――。
(2004年12月「Tricolore」稽古中に執筆)